記事数:9 80の旅ごころ記事

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月別:2026年02月

2026-02-22 ・其の他

峯鉢

豆まき

宙に舞う福豆のダイレクトキャッチは
それにしても偶然

2月に入り今日は節分。峯ケ岡八幡宮で豆まきの行事が執り行われる。
参道に向かって歩いていくと、皆さんが集まってきている。
参道の階段をのぼり、鳥居をくぐる。神殿の前の境内にはすでに人の群れ。
神社の近くの工場の作業着を着た若い人は手頃な段ボール箱を用意して、神殿の前に陣取っている。
老いた婦人は手慣れたものかレジ袋持って準備している。
社務所の前も人垣ができ、いつ始まるかと準備に忙しい神殿の方に目を向けている。
ちょうど予定の時刻「今年も年男の音頭で豆まきを執り行います。」「では、開始します。」
「鬼はそと、福はうち」の掛け声とともに豆まき行事が始まった。
今年は、福豆や子供のお菓子、おひねりが撒かれた。
後方の人が「こっちにもお願い」と手を挙げて大きな声をかける。
しばらくしてみかんもまかれた。
宙に舞う福豆のダイレクトキャッチは不成功。
地の落ちたものたちを拾い上げるが、なかなか手が多くゲットできない。
やっと念願の福豆を一袋、手にすることができた。
おひねりは8個とれた。
「これで最後です」の掛け声で、今年の豆まき行事は無事に終えた。
「今年も大勢の人が来たね」
「昔は子供と一緒に来たね」「今年は平日だから子供たちはほとんどいなかったね」
「保育所の子供たちは先生と豆まきしているよ。きっと。」
参道から帰り道に向かうと、電動自転車に乗った若い人が、私たちをじっと見ながら、いきよいよく走ってきた。誰だろうと思う間もなく「こんにちは」と声をかけてきた。
「あっ、こんにちは」「どうした?」
「保育所から連絡があって、今保育所に向かう途中。」
子供の耳が腫れているから来てほしいということらしい。
「心配だね。」「ちょうど、豆まきが終わったところ、それにしても偶然だね。」
「そうだ!ちょうどよい。ご利益のおすそ分け、おひねり2つどうぞ!」

「手助けが必要なら連絡ちょうだい!」保育所に向かう背中に声をかけた。
その日は特に子供の母から、連絡はなかった。

後日、ひ孫は元気な顔を見せに来た。
よかった。よかった。
「豆まき、先生としたかな?」「したよ!」
今年も、福がいっぱいだね。

2026-02-17 ・俳句17音詩

松明

廃屋へ逆らふやうにクロッカス

老舗蕎麦屋がまた1軒店仕舞いした
56年の営業に感謝の貼り紙がしてあった。
近くには白、黄、紫の花をつける
クロッカスが、世の移り変わり関わりなく咲いている。
店仕舞いの無念さを揶揄してもいるようであった。

2026-02-16 ・俳句17音詩

松明

あたたかや老婆の籠のペット犬

高齢化社会では珍しくない一景ではあるが、ペット犬もまた、それなりに老いているようだ。
悲しく詠むには気がひけたので、季語の力を借りたつもりですが、
果たしてどうだろうか。

2026-02-15 ・俳句17音詩

松明

みくさ生ふ細立ち光らす川流れ

水不足は近隣の小川をも影響している。
しかし、自然の育みは川底に生える水草に春の日差しが助けてくれているかに思えて見えた。

2026-02-08 ・其の他

峯鉢

雪景色

関東南部に雪が降りました。

天気予報通り、2月8日の朝は雪景色。安行植木畑はすっかり雪が積もり、大粒の雪が静かに舞い降りています。
山茶花の花は、綿帽子をかぶったよう。
ラジオには雪をテーマにした曲が流れています。
東京地方は大雪注意報。衆議院選挙投票日に、しきりに雪は降っています。

2026-02-03 ・散歩・お花

峯鉢

冬枯れの散歩道

毎年この花に出会うのが楽しみで散歩にでる。

一月末日、日差しはあるが、まだまだ寒々とした景色の中、散歩に出た。八幡坂を下ると、ロウバイが目に飛び込んできた。
ロウバイは「老梅」ではなく、もちろん「狼狽」でもなく、蝋細工(ろうざいく)を思わせる花、「蝋梅」あるいは「臘梅」である。
蝋梅の小さな黄色の花は、冬枯れの散歩道を楽しませてくれる。そして近づくと上品な甘い香りがして、心が和む。毎年この花に出会うのが楽しみで散歩にでる。この花に出会うと心が弾む。「春がもうすぐそこに来ているよね!」

蝋梅やきらめく花に一目ぼれ

ロウバイは、ウメ、サザンカ、スイセンと合わせて「雪中の四友(せっちゅうのしゆう)」と呼ばれ、
寒さに耐えながらも美しく咲く姿が、まるで友人のようであることから名付けられました。
今年も冬の厳しい寒さの中、近所の植木畑や日当たりの良いお庭で健気に咲いている花達を眺めながらの散歩は楽しいものである。

蝋梅や四友もともに咲きにけり

芥川龍之介は、蝋梅の木が大好きだったと書き残しています。
その蝋梅の木の枝に雪が積った様子を句に残しました。
〜臘梅や雪うち透(す)かす枝のたけ〜
蝋梅/臘梅は、冬の季語です。

夏目漱石には、ロウバイが登場する作品があります。
1909年(明治42年)刊行の短編集『永日小品』の中の『懸物』がそれです。
老人が、先祖伝来の懸物をさる好事家に売ったが、売り払った懸物が気にかかり、もう一遍見せて貰いに行ったら、「四畳半の茶座敷にひっそりと懸かっていて、その前には透き徹るような臘梅が活けてあった。」


蝋梅をこよなく愛した歌人・窪田空穂(くぼた・うつほ)に次の短歌があります。
蠟梅の 老いさびし香の ほのぼのと わが枕べを 清くあらしむ

今年の蝋梅を見てやってください。


2026-02-03 ・俳句17音詩

松明

春昼の築地わらわらこゑの膨らむ

インバウンドばかりではない。
日本人も多く居て、街界隈をくねくね、うろうろ、言う迄もなく言葉は店側の呼び込み声も多彩な外国語の飛び交い、いまや当たり前の光景だ。
吾が通院の折にふれ足を延ばして好奇心をそそられている。
その写生を季語の春昼が助けてくれているかどうか、気になるところは他の作句にもあてはまるところである。
それぞれを読み手に聞いてみたい。

2026-02-02 ・俳句17音詩

松明

国ぢから挙りて惚けし焼野かな

衆議院解散選挙中の今、TVネタや時事時局ネタはあまり歓迎されない詩歌の世界ですが、承知の上で詠んだ。
この30年、国家衰退の一途を危惧させられてきた。
何も可にもが枯渇、我憂いたところでどうしょうもないが、日本復活を願望せざるを得ない心境だ。
季語は2月の焼野です。

2026-02-01 ・俳句17音詩

松明

寄席に百笑の幾重にも白息

かつて根津界隈のある寺を会場にした催しへ誘われたときの一景である。
百人有余が集ったようで、若手落語家数人と真打ちに昇進したばかりの語りであった。
面白さ、可笑しさに沸き、冷えた畳にありながらも、吐く息が上に横に曇る如く大袈裟に見えた。
季語は、1月の白息ですが、句繋がり的、而も破調に詠んでみた。

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