2026-01-27 ・俳句17音詩
松明
松過ぎやフードコートへホップかな
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正月の重たき胃腸を解き放すべく足を向けたのが、久しぶりのフードコートだ。
饂飩にしようか、ラーメンか、はたまた何をと浮かべながら吾の心をそのままに詠んだ。
良い散歩にもなったその日であった。季語は松過ぎで1月の季語です。
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2026-01-27 ・俳句17音詩
松明
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正月の重たき胃腸を解き放すべく足を向けたのが、久しぶりのフードコートだ。
饂飩にしようか、ラーメンか、はたまた何をと浮かべながら吾の心をそのままに詠んだ。
良い散歩にもなったその日であった。季語は松過ぎで1月の季語です。
2026-01-26 ・俳句17音詩
松明
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気忙しい折にありしも人々の心には不安気や来年こそはの期待感などあっても不思議ではない。
遠く昔日の時代からも斯様な傾向があったようだ。
おそらくは人間の性かも知れん。
去年の暮れに柏市へ出掛けた時の偶然の景であった。
店中には人影あったか否かは読み手の想像に委ねたい。
言う迄もなく季語は師走です。
2026-01-25 ・俳句17音詩
松明
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隣家から煙が濛々とい出て、いつの間にか人だかりにもかかわらず、当家の主たるやぼーっとしたまま立ち尽くしている。
而も笑みを浮かべいるさまに、認知症の怖さが映った。
余所余所げにしか思っていないのか不気味な中を、怒鳴り声あげて外へ連れ出した吾の体験を詠んだ。
小火は冬の季語です。
2026-01-21 ・国内旅
シオン
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国の史蹟名勝天然記念物の日本百景のひとつ猊鼻渓(げいびけい)に行きました。
猊鼻渓は、北上川支流の砂鉄川沿いに、高さ50mを超える石灰岩の岸壁が、およそ2kmにわたって続く渓谷です。
猊鼻渓船下りに乗船。
船尾から左右に向かい合わせに座る、川を船べりから覗くと魚が泳いでるが見える。
船首まで乗客が乗り終えると、発着所から船は後ろにゆっくりと、いったん離れ、川上に船首を向け直す。
さあ出発。船尾にすっくと立つ船頭さんが竿一本で船をたくみに操り
緩やかな砂鉄川の川上に向かって、滑り出しました。
船べりのすぐそばではハヤやコイが追いかけてくる。魚のえさを投げると身を翻し食らいつきます。
鴨もそのえさを狙って船と伴走し、巧みに川面に落ちたえさに食らいつきます。
船の進みに合わせ現れる砂鉄川の浸食でできた奇岩や洞窟、滝などが川の左右に迫ってきます。
船頭さんはよどみなく、奇岩の名前を語り、名前の言われや奇岩の物語を語ってくれます。
やがて、舟下りの休憩地点に到着。全員下船。
上陸して藤棚をくぐり、橋を渡りると、そこにはさらに高い岸壁が川の対岸にそびえ立つ。岸壁の突き出た部分が獅子の鼻の形に見えることから「猊鼻渓」という名がつけられました。
岸壁には幅80センチほどの穴(「願掛けの穴」)があいていて、「運玉」(うんたま)と呼ばれる粘土の玉をその穴めがけて対岸から投げこみ、穴に入れば願いが叶うという。運玉は10種類、それぞれ漢字が彫られています。それらは、「運」「絆」「願」「愛」「恋」「福」「縁」「寿」「財」「禄」。これらから自分で5つの石を選んで投げるアトラクションに挑戦。距離がかなりあり、難しいですが、入れば、乗り合わせた人から拍手がもらえてちょっといい気分。
帰りの舟は来た川を下って発着所へ向かいます。発着所が見える当たりで、船頭さんが「げいび追分」を歌ってくれました。
静かな渓谷に、船頭さんの歌声が岩に響き、同船していたみんなだけでなく、静かな水、風にそよぐ木々、鳥たち、岩々も、きっと船頭さんの歌に酔っていたでしょう。こぶしを利かせ、ゆったりと歌うその唄を、目を閉じて、船のゆっくりとした揺れに体を任せ、じっと聞いていました。心に残る歌声でした。船内では誰もが自然と拍手をしていました。舟下りで、こんな快感があるとは思ってもみなかったです。
船頭の追分わたる猊鼻渓
猊鼻渓は四季折々、どの季節も素晴らしいとのことで、出かけてみてはどうでしょう。
萌黄の春には、 舟着場にあるお小夜の1本桜ライトアップ
新緑のころには、猊鼻渓でお茶をいただきながら舟下り
藤の花シーズンには、藤の花色に染まり、川霧立つ日雲上を行くよう。
猊鼻渓の深緑の夏は岩に陽が反射して、とてもきれい。
猊鼻渓の秋、見事な紅葉は格別。
猊鼻渓の冬には、雪景色にこたつ舟運航
猊鼻渓のおすすめグルメ、体験は
砂鉄川の天然鮎焼き げいび十割そば 東山和紙紙すき体験
近くのおすすめ観光は
幽玄洞観光
2026-01-13 ・旅と○○
よしみ
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羽田発KLMオランダ航空、アンカレッジ経由の北回り便でアムステルダムに着陸、乗り換えてパリのオルリー空港に夕方到着した。パリ・ロンドン8日間の社員旅行で私にとっては、ヨーロッパへの初めての添乗だった。それ故50年以上たった今でもそのツアーの出来事は鮮明に覚えている。
翌日は、朝からパリの市内観光とショッピング、日本語を流暢に話す韓国人ガイドによる、エッフェル塔・凱旋門・シャンゼリゼ大通り・コンコルド広場・ノートルダム寺院・ルーブル博物館などの案内に仕事を忘れて一人の旅行客として楽しんでいたものだった。三日目はパリ郊外のヴェルサイユ宮殿の見学、フランスの歴史に対する知識がほとんどなく、美術等にあまり関心のない私であったが宮殿内を案内されると、お客様そっちのけでガイドの説明に耳を傾けて楽しんでいたことを思い出す。
そんなツアーの中で一番の思い出は、パリでの最後の夜、夕食を終えホテルに戻って部屋でのんびりしている時の出来事であった。部屋のドアがノックされた、ドアを開けると、お客様の一人がパリジェンヌを伴っているではないか、「どうしたんですか?」と問うと、お客様は彼女との出会いのいきさつを話したあと、彼女から日本語のエアメールを見せられて英語に訳して欲しいと言われたのでが、自分には出来ないので、添乗員なら訳せるのではないかと彼女を伴って私の部屋を訪ねてきたということでした。
その手紙を私は手に取って眼を通すと以前彼女が相手をした日本人の若者からのラブレターでした。彼女は一人の乙女のような雰囲気で私のつたない訳を聞いていました。そして手紙を読み終えると、彼女は手紙の内容を十分に理解して満足げな表情をうかべ喜んでいました。
そして「あなたにお礼をしたい、お礼として、わたしの体で」と、もちろん丁重にお断りしました。その時、こんな商売をしている女性でも、彼女が純真な一人の女性になっていたこと、またこの手紙を書いた日本人の青年と彼女の間に生まれた淡い恋心を美しいものと感じたことを今でもテレビ等でパリの街が映し出されると、頭の一部をよぎる思い出です。
その後パリには10数回訪れました、回を重ねるたびにパリの素晴らしさが増してくる魅力ある街の一つだと思います。