記事情報
- カテゴリ
- 2025-11-15 ・京街道
- 投稿者
- わらじぃ
- タイトル
- 京街道04
- リード文
- 京街道一人旅(一日目)
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京街道とは大坂から京へ向かう街道の総称、ここでは
東海道57次のうち山科の髭茶屋追分から伏見、淀、
枚方、守口の4宿を経て大坂の高麗橋に至る道をいう
関ヶ原の戦い後、徳川家康が五街道を制定した時に
江戸と京を結んだのが東海道で、幕府管轄の東海道が
大坂まで延伸されたのは豊臣家滅亡後二代将軍秀忠
の時、三代将軍家光の時に最後の庄野宿が設置され
京まで53次、大坂まで57次となった
12:56 伏見板橋小学校校門の前の道標
小学校の校門と反対方向に左折して約700mを直進する。
12:59 左折して、すぐ右手に大黒寺
左手に金札宮がある 金札宮は伏見の産土神である
伏見区役所を左手に見ながら進むと、大手筋通のアーケード商店街と直交する。
大手筋プラザ(イオン)の先の角を右折する
13:07 右折するとすぐに御菓子司「富英堂」あり
13:09 油懸地蔵尊ののぼり旗が立つ西岸寺
地名「油掛」の由来になった油懸地蔵尊が祀られている
正式名は油懸山地蔵院
13:10
油懸地蔵尊先の交差点の角には、駿河屋本店という羊羹屋あり
伏見の名物は羊羹で、羊羹の発祥の地でもある由
店の前には「電気鉄道事業発祥の地」碑が立つ
日本最初の電気鉄道が明治28(1895)年に
ここ伏見油掛から七条までの6.7kmを走った
駿河屋の所を左折し広い通りを南へ向かうと
ほどなく京橋を渡ります
京橋周辺には本陣も多く集まり旅籠も多く、
伏見宿の中心地だった由
伏見宿は追分から11.2km、淀宿まで5.8km、
本陣4軒、脇本陣2軒、旅籠39軒とある
13:12 京橋北詰 下を流れるのは宇治川派流
京橋そばの案内板
13:14 京橋を渡ってすぐ右手にある伏見長州藩邸跡の碑









